小説なんて他人の人生だ。そんなもんに何を望む?


「本」を燃やすことを生業としているガイ・モンターグはファイヤーマン(消防隊員)である。

本を所持することは法律で禁止されている。通報により、本を隠し持っている犯罪者の家を家宅捜査し、見つけた本をその場で灰になるまで焼いてしまうのだ。
ある晩、通報があった家の老婆は「私からは、本を奪うことなんかできないよ。」と言って本と一緒に焼け死んでしまった。
一人の人間がそこまでする、「本」とは?

モンターグが一冊の本を家に持ち帰った事から話が展開する。

SF作家レイ・ブラッドベリの小説、『華氏451度』。以前読んでおもしろかった覚えがあって映画も見てみました。監督はトリュフォーでした。映画版は、SF描写も少なく(トリュフォーが嫌いらしく)て余計に現実味を感じた。


この話での消防士は「火をつける人」であり、過去には「火を消す人」であったことをもう誰も知らない。
技術が進んで移動手段に時間がいらなくなり、世界はどんどん小さくなる。空いた時間がなくなって映画や本なんか読む時間もなく、2分間のラジオの説明(ドンときてブワーってなってみたいなん)で十分になった。
テレビも子供だましのような番組ばかりになって、人々は耳にイヤホーンをつけて(ディランのやせっぽちのバラッドみたいだ)ラジオを聴いて生活している。人は物を考えなくなり、バカが量産されて世界は平和になりました。

「読む」ってことは生きる上で大事なことだろ? 本を読めば自分で考えることができるし、「先を読む」「空気を読む」ってことも考えることとしては同じじゃないか。
本好きが書いた本のための話でもある。
車が速く走りすぎて、広告看板の高さをめちゃくちゃ高くしないと誰も見れなくなったとか、ブラッドベリの本はいつも洒落が効いてる。

やりすぎてひっくり返ったという話。
同じ日に借りて見た『ドラえもんのび太とブリキの迷宮』もなんか同じようなテーマでした。
人間が楽するためにロボットを発明して、なんでもやってもらえるようになってきた。今度はロボット発明するのもやってもらおうってことで、発明家ロボット「ナポギストラー博士」を作っちゃった(名前がすでに危険だぞ)!
博士はやっぱり恐ろしい独裁者になって、そして人間のやる事はなくなってしまいました。

レイ・ブラッドベリはSF作家ですが、ホラー作家でもある。短編集も多くて、読んでいると藤子不二雄の短編集と近い物を感じます。藤子・F・不二雄のSFは、S(少し)F(不思議)だといいますが、今回見た二つはあんまり不思議だとも感じなかったような。こうなる可能性の恐怖みたいなところはホラーとも言える、という話がブラットベリには多い。短編集『とうに夜半を過ぎて』とかおもしろかったなあ。

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